受け入れて自由になる

 

 パイサーン・ウィサーロ著,浦崎雅代訳:

『心が自由になる、初期仏教30の説法 タイの森スカトー寺 住職パイサーン・ウィサーロ師のお話』

 

今回も、上記著者のパイサーン・ウィサーロ師の言葉から「自由」を考えます。

→前回記事はこちら

 

想定外に対する苦しみ

私たちは生きていると、大なり小なり自分の思惑通りでない事に出くわし、苦しみを覚えます。

 

 

前回話題にした「バースデーブルー」もそうです。

自分は祝ってもらえると思っていたが、実際はそうではなかったという

「予想と現実の乖離」に苦しみます。

 

 

バースデーブルーに限らず、思わぬ怪我、病気、失敗、また時として成功でさえも、

私たちは想定していなかった事態に対して戸惑いを感じます。

 

そういう唐突の苦しみについて

パイサーン・ウィサーロ師は、次のように述べています。

 

「自分にとって不満なことに遭遇した時 拒絶するかわりに心を新しく置いてみましょう。

あー、これは真実が起こってきている 起こるにふさわしいことなのだなあ、と

受け止めてみるのです。」

 

 

「気づく事」の効果

思い通りにならない事を受け入れるのは、とてもエネルギーを使います。

 

例えば、それまでバリバリ働いていた人が、突然病気になって働けない状態になってしまった時には

「なぜこうなったのか、どうすればよかったのだろう」

「これからどうすればいいのだろう」

と、考えをグルグル巡らせてしまい、なかなか現実を直視するのは難しいでしょう。

 

 

突然のショックを受け、過去のあれこれや未来の心配で頭がいっぱいになると

「思考」が自分を支配します。

 

 

「病気になったから思うように動けない」という不自由よりも、

「今の自分を受け入れられない苦しみ」の方が、私たちをより一層不自由にさせます。

 

そして、考え続ける事で現状から目を逸らし、今起きている現実に抵抗しようとするのです。

 

 

一方で、病気になった人が

「病気になった事は幸運だった」

と思える時が来ると、苦しみが消えて「自由」になる事が出来ます。

 

本著では、心臓病になった人が病気をきっかけにボランティアに目覚め、

病気になる前よりも大きな生きがいを持つ事が出来、

幸せな人生を送れるようになったという事例がありました。

 

病気になって喜ぶ人などいないと思うかもしれませんが、

病気をきっかけに自分の人生を見直し、新たな発見が出来た結果

その人が本当にやりたい事を出来るように変化するのは珍しい事ではないのです。

 

死に直面するような重い病気になった人が、病気を受け入れる事で

それまでの閉塞感を打開し、新たな人生を手に入れるケースは多くあります。

 

 

現状を打破して「自由」になるために

人は自分の想像の範疇を越える苦しみに出会った時、

時とともに「これは何かの啓示である」と気づく事が出来ます。

 

そして、起こったことに対して怒ったり落ち込んだりと激しい負の感情を持つのは、

真実を受け入れられずに拒絶しているからです。

 

バースデーブルーで現実を受け入れられない原因は、自分の基準ではなく他人の基準で生きているからですが、

「他人の言動にいちいち振り回されるのは、自分が納得する人生を歩んでいないからだ」

と気づくと、その人の生き方は変わっていきます。

 

そもそも、誕生日という自分特有のイベントが

人に祝われるか否かで良し悪しが変わってしまうのはナンセンスです。

 

特定の人に誕生日を忘れられていた事で、自分に無価値感を感じてしまったのならば、

「自分ひとりでは価値を感じられない」という事でもあります。

 

では、なぜ自分だけで価値を感じられないのかと言うと、

自分が価値を感じる日々を過ごしていないからなのです。

 

 

自分の人生は、先述した病気の例のように、「受け入れる」事の連続だったりします。

ですので苦しさも伴いますし、逆に病気になって初めて、自分のやりたい事が分かる場合もあります。

 

誕生日という出来事がきっかけでネガティブな気持ちになる事は、不本意だと思いますが、

その苦しみには新しい価値観が隠れています。

 

病気をきっかけにボランティアを生きがいにした人のように、

人に祝われなかった苦しみが、今とは違う生き方を示唆しているはずなのです。

 

 

そして、このように苦しみから新しい価値を見い出していくのは、

より自分を「自由」にするためだと思います。

 

何も苦しい事がなければ、わざわざ「自由になりたい」という希望は持たないでしょうし、

自分が不自由に生きている事にも気づかないからです。

 

苦しみを「受け入れ」て、その意味を考えていく度に、「自由」は広がっていくはずです。

 

苦しみから自由になるためのヒントはこちら